多くの人々は、キックボクシングが海外発祥のスポーツだと思っています。しかし、実際には日本発祥であり、そのルーツは空手にあります。この記事では、キックボクシングの誕生から進化の過程、そして現代に至るまでの歴史を紐解いていきます。

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キックボクシングの起源

キックボクシングの発祥は、日本のボクシングプロモーター野口修と日本拳法空手道の創始者である山田辰雄にさかのぼります。山田辰雄は、直接打撃制による空手の試合化を目指し、ムエタイに興味を示しました。1962年(昭和37年)、山田辰雄は「第一回空手競技会」を後楽園ホールで開催し、ノックアウト方式、体重別階級、グローブ着用などのルールを採用しました。しかし、この試みは当時の空手界から黙殺され、新聞でも酷評される結果となりました。

一方、野口修は1962年8月に後楽園ホールで開催されたムエタイ試合を観戦し、空手対ムエタイの興行に可能性を見出しました。1963年、野口修はタイのバンコクで空手対ムエタイの交流戦を実現させ、これが日本のキックボクシング発展の礎となりました。

キックボクシングの確立

タイでの成功に自信を得た野口修は、1966年に「キックボクシング」という名称を考案し、日本キックボクシング協会を設立しました。同年、大阪府立体育会館で初めてのキックボクシング興行が開催され、キックボクシングは全国的なブームを巻き起こしました。この興行では、日大芸術学部空手部・剛柔流空手出身の沢村忠が急遽出場し、その後「キックの鬼」として名を馳せました。

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黄金期と新たな展開

キックボクシングは、テレビ中継を通じて全国的な人気を博しました。『YKKアワー キックボクシング中継』や『ゴールデン・キックボクシング』など、毎週のレギュラー放映が行われ、多くのスター選手が誕生しました。沢村忠、大沢昇、山崎照朝、藤原敏男など、各選手がエースとして活躍し、キックボクシングの人気は絶頂に達しました。

その後、1993年に正道会館の石井和義がK-1を設立し、空手、ボクシング、ムエタイなど多くの立ち技系格闘技の選手を招き、一大ブームを巻き起こしました。K-1では、武蔵、魔裟斗、山本KID、アンディ・フグ、ピーター・アーツ、アーネスト・ホーストなどのスター選手が活躍し、格闘技界に新たな時代を築きました。

現代のキックボクシング

K-1は一時期倒産しましたが、その後新生K-1が復活し、再びキックボクシングブームが訪れました。特に、武尊選手と那須川天心選手の登場は大きな注目を集め、今年行われた「THE MATCH」では、普段キックボクシングを見ない層も巻き込み話題となりました。那須川天心選手はこの試合で引退しボクシングへ転向、武尊選手もK-1との契約を解除しました。

未来への展望

キックボクシング界の未来は誰が引っ張っていくのかが注目されるところです。次のスターはあなたかもしれません。キックボクシングの歴史を学び、その精神を受け継ぎ、新たな時代を切り開く選手が現れることを期待しています。

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